今回は期待外れ。忍芽さんはじめ役者さん達の演技が揃って良かっただけに、それを大味に仕立ててしまった演出というか見せ方がガッカリ。
空気抜きの相木殿のギャグもいいし、部分部分では良かったんだけど、真田親子のシーンがちょっとくどすぎたかも。
もうちょっと薄めでやってくれれば、役者さん達の熱演ももっと生きたと思うのに……。
ただ、真田弟が忍芽さんの命懸けの説得一発で寝返らなかったのは結構画期的だった。ころっと寝返るような武将は、またころっと裏切るものだし。
というわけで今週のMVPは、一瞬の出番ですべてを掻っ攫って行った緒形宇佐美に。
最後の、微笑んだかたちのまま表情が消えうせたあの瞬間。ゾッとしました。
今まで好々爺ぽいしぐさを貫いてきた(「山本勘助」と呼んだ、その瞬間すらも)だけに。
ああ、これがベテランの「力」なんだな、と。
大切な御屋形様の清廉な光を守るため、その分の闇までをも背負う決意をした老臣の顔。
そんじょそこらのチンケな悪党の闇じゃなく、政財界を牛耳る首領が秘めるような清濁併せ持った闇が、その面(おもて)に漂っていました。
対するGackt景虎の笑みが(緒形宇佐美が望んだように)綺麗なままだったので、緒形宇佐美の闇の表情が余計に怖かったです。
君臨する光と、それに傅(かしず)く闇。越後組はこれでちょうどバランスが取れた感じです。
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では今日は、「越後編以降下がり続ける視聴率」についての私的考察を。
もちろん「誰それが出たから、そのせいで視聴率が下がった」なんて詰まらない論ではなしに。
毎年大河は熱心に見ていた親もここ数回は見忘れることしばしだし、自分も越後編終わったら正直見る気失せましたし。
ともあれ今回の話見て、主人公至上主義の自分としては、崩壊しかかっていたパワーバランスが越後編で完全に瓦解したんだなと確信。
以下、断定口調で書いてありますが全て私見ですのでご注意ください。
最初は確かに面白かったです。風林火山。
でも勘助が武田方に軍師として入ってから面白くなくなり、晴信が善人化してから詰まらなくなって見なくなりました。
見なくなった理由は単純明快、「勘助が主人公してない」からです。
武田方に仕える前の勘助は、実に生き生きしていました。物語の主人公として活躍していましたし、視聴しているこちら側も勘助がきちんと主人公として立っていたからこそ、軸がブレずに見ることが出来ました。
しかし、勘助が武田方に仕え、落ち着いてしまったら状況は一変。勘助は軍師として一歩引いてしまい、主役としての輝きを鈍らせてしまいました。
それでも、主君の晴信が驕り高ぶっている時は「黒の晴信・灰色の勘助」という感じの対照を成していたのでまだ良かったのですが、挫折を知った晴信が善人化した途端「明灰色の晴信・灰色の勘助」と同系色化し、結果、勘助が埋もれることになってしまいました。
しかも、軍師として奇策を次々と繰り出し敵を爽快に殲滅していくわけでもなく、策士として敵も味方も全て手中に収めて意のままに操るわけでもなく、知将として戦場で策を弄しつつ敵を討ち払っていくでもない。
話中で細々活躍はしていますが、「いかにも主人公らしい、大胆な活躍」をした記憶はどうにもないわけです。
水戸黄門などと同じで、必ずしも主人公が話中ずっと活躍する必要はないんですよね。ここぞ! という時にシメてくれれば。
でも、風林勘助にはそれがない。主人公としての見せ場が少ないわけです。
勘助が軍師として一歩引いてしまい、主人公としてぼやけてしまったこと。
主人公らしい活躍をしていないこと。
即ち、勘助が「主人公らしくなくなってしまった」こと。
個人的にこの点が、大きな不満です。
確かに原作という縛りもあり、かつ現実的描写を重視するのなら、地味な策ばかりになってしまっても仕方ないのかもしれません。
しかしこれは資料映像ではなく、あくまでもドラマ。ドラマなのだから、多少原作を改変してでも勘助の派手な見せ場を多数用意して欲しかったです。
知名度が高くて、名前を聞いただけで誰もが「ああ、あの」となる武将が主人公なら派手な活躍はかえって興ざめですが、その正反対の武将なら、活躍しすぎくらいでちょうどいいと思うのですが。
一歩引いているために、勘助の主人公としての輝きが曇ってしまった。
これもまた大きな問題だと思います。
それでも、仕える君主が勘助と真反対の人物だったなら、その人と好対照を成す存在として一歩控えようが二歩控えようが「主人公」という立場はそれほど翳らなかったと思うのですが……、
主君の晴信は前述の通り、勘助と同じ「灰色」。というか、武田方の家臣団もほぼみんな「灰色」。唯一駒井が色が違うだけで、みんな同じ色・同じ雰囲気なんですよね。
色が同じということは、即ち主君&家臣団の結束が堅いという現われなんだろうなあとは思うんですが、だからこそ余計に勘助が埋もれてしまうのが……ちょっと。
越後編での勘助が面白かったのも、だからなんですよね。
まず色が違う。灰色の勘助に対して、鮮やかなまでに真っ白な景虎。
勘助が景虎の光を引き立てているのと同じくらい、景虎が勘助の翳りを引き立てている。
景虎がその輝きを増せば増すほど、勘助の主人公としての姿もまた、くっきりと浮き出て来ているわけなんです。
それに、久々に単独行動の生き生きした勘助も見られたし(すぐ軟禁→幽閉されてしまいましたが)。
惜しむらくは、越後編の勘助vs.景虎は、最後の大逆転(しかもどちらかというと晴信の力)以外、景虎の一方的勝利に終わってしまったところでしょうか。酒を巡る禅問答の時、軍師らしい、かつ主人公らしい見事な切り返しを見せて欲しかったです。
あと一つ言うなら……、
勘助が命かけてまで惚れ込んだ御屋形様が、さして魅力的に見えないのも残念な材料です。
自分スーパー三国志の舞台で見た事あるんですが、いい役者さんだとは思うんです。晴信役の方。演技もうまいし。
板垣が亡くなって慟哭するシーンでは、見ているこちらにも肺腑をえぐられるような悲しみが伝わって来ましたし。
でも、それでもどうにも御屋形様が魅力的に見えない。
オーラがないのもそうだし、風林での晴信というキャラクターは一度舞い上がって挫折して、そうして人間的な深みも凄みも増した人のはずなのに、そう感じられないのも厳しいところ。
オーラはどうしようもないにしても、せめてコミカルシーン以外での歌舞伎調だけでも控えてもらえたなら良くなるとは思うんですが。シリアスシーンで見得切るように大仰にしゃべられたり、眉の大きな上下などの顔芸をやられると、「しょせんこれはお芝居。作り物なんだよ」と言われてるようで、一気に興ざめしちゃうんですよね……。コミカルなシーンでは、むしろどんどんやって欲しいくらいなんですが。
そうやってメリハリつけた方が、洒落も知っているが締めるときは締める、人間的に幅の広い魅力的な晴信像を構築出来たんじゃないかと思うんですが……、
もう収録も終わりに近いようだし、今更言ってもしょうがないですねorz
マンガやアニメでは昔から言われてたことなんですが、
「主人公がしっかりと立っていればこそ、脇も輝く。脇だけ大活躍で主人公が置き去りにされている作品は、必ず駄目になる」
最近の視聴率低迷は、この辺にも原因があるような気がします。
しかも2回連続の越後編によってバランスが崩壊してしまいましたし。一度鮮やかな対比を見せられてしまったら、渋い対比に戻すのはなかなか大変な作業。
というわけで、結論としては……、
「勘助をもっと『主人公』させて欲しい!」ということで。
正直、今は「主人公……、誰?」状態だと思います。見てる側としては、これは辛い。
いくら魅力的な脇を持ってきても、主人公がしっかりキャラ立ちしていないと、余計に「主人公、誰?」状態が酷くなるばかりだし。
大河好きだった親がこの数回見忘れているのも、「主人公が誰だか分からなくなって、つまらないから」でしたし。